人形教室の その先6
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パルコの創作人形展に参加した1999年の11月に、1度目の個展を開催したギャラリー「せ・ら~る」で2度目の個展を開きました。
1回目の時は闇雲に作品を並べただけのような気がしたので、2度目はテーマを決めようと思い作り始めたのが妖精の人形です。
DMも前回より凝ったものが作りたくて、写真もずいぶん苦労して撮りました。
自分でレイアウトやデザインができないので赤い紙とプリント写真を印刷所へもって行って、自分のイメージを伝えたらとても素敵に作ってくれました。
ポストカードや人形も買ってくださった人がいて、1度目より方向性が見えてきたような気がしました。

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当時「せ・ら~る」は人形展を頻繁にやっている数少ないギャラリーとして知られていて、出入りするコレクターさんも多く、ここからデビューする人形作家がたくさんいました。
私もずいぶんお世話になりましたが、その後経営不振で閉店しオーナーもお亡くなりになってしまったのが残念です。

インターネットが普及し出して、個人のホームページが多く作られるようになったのもこの頃です。
「せ・ら~る」が閉店してしまったのも時代の流れに乗れなかったのが理由だったと思います。
ギャラリーが顧客と作家を占有する時代から、作家が自分で情報を発信して顧客を作る時代になりつつあるのを感じました。

私も何かしなきゃ…と思い立ち、全くの機械音痴がパソコンを勉強して自分のホームページを作る決心をしました。
人形教室の その先5
クラフトアート人形」の3号が出版されてしばらくしたある日、同じく掲載されている人形作家さんから突然お電話をいただきました。
「クラフトアート人形に載っているあなたの『スフィンクス』がとっても気に入りました。実は東京の調布にあるデパートで人形展の企画をもらったのですが、一緒にやりませんか?」というお誘いでした。
同じ教室出身で独立して自宅で教室を開いている方でしたが、曜日は違ったし全く面識が無かったのに思いがけない展覧会のお誘い。
とても嬉しかったです。
その方の声掛けで、総勢13人の作家が全国から集まり、調布のパルコで創作人形展が盛大に開かれました。
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12年ぐらい前の話ですが、その後デパートでも人形展は盛んにするようになりましたが当時は創作人形はまだ認知度が低く、このような人形展はとても珍しいものでしたが、お蔭様で展覧会は大成功でした。

他にも「クラフトアート人形」を見て「人形を習いたい」といらした方や、大阪のギャラリーからも展覧会のお話をいただきました。
前に個展を開いたギャラリーからも「また個展をやりませんか?」と声をかけていただき、2回目の個展をすることになりました。
人形教室の その先 4
初めての個展をした後は、特別次の予定もなく人形教室に通う日々でした。
発表したくても作品をまたいくつか作らないと次の個展もできない。
でもいつになったらできるんだろう…1回目の個展をするまでに6,7年かかったのに。
モチベーションアップし、なおかつ維持するのが大変だわ…と思っていました。

ちょうどその頃「クラフトアート人形」という人形の書籍が新しく出版されました。
個展をしたギャラリーにも置いてあって、200人あまりの人形作家の写真と一緒にプロフィールが載っている分厚い作家年鑑でしたが、師匠の吉田良先生や有名な人形作家の作品ももちろんありましたが、一緒の人形教室に通っていてお隣の席で一緒に人形を作っている方も掲載されていました。
これから毎年出るらしいと聞いて、載ってみたい…と思いました。

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実は同じ出版社から同じ系統の本で「日本画年鑑」という、日本画の作品写真と作家のプロフィールが載っている本が出ていて、美大の研究室で見たことがありました。
教授の作品や、先輩で日本画壇で活躍している方達が載っているのを見て、絵を描いていたときは、いつか私もここに…と夢見ていました。
でも、日本画をやめてしまったのでもうその夢は叶わない。
それなら人形で載ってみたいと。

思いはつのるばかりでした。
お教室で先生に「クラフトアート人形って、どうやったら載せてもらえるんですか?」と聞いたら「最低1度以上、個展なり何かしら発表している人だけど、載せてもらえるか出版社に問い合わせてみたら」と言われました。
それじゃ、私1度個展やってるから良いかも?と思ってしまったのがバカというか身の程知らずというか(笑)
次の日には「クラフトアート人形に載りたいんです!」と出版社に電話をしていました。

出版社は京都でした。
京都弁の優しい口調の編集者の方が電話口に出て「今年はもう発刊したので、次の号の募集は今年の秋になります。夏ごろまでに作品写真と展覧会のDMなど参考資料を送ってください。審査のうえ、掲載していただく方にはご連絡差し上げます」と言われました。
言われたように、作品写真数枚と1枚しかない個展のDMを同封して出版社に送りました。
そして待つこと数ヶ月…「掲載依頼」と書いた封書が届きました。
封筒を持って小躍りしたのは、言うまでもありません。

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初めての作品は変わったもので目立ちたい気持ちもあり「スフィンクス」を選びました。
撮影はカメラマンでもある師匠の吉田良先生にお願いして撮っていただき、クラフトアート人形の3号に掲載されました。

そして、この1枚の写真から、さらに新しい出会いが始まりました…それがこの世界にどっぷり浸かる一歩だったかもしれません。


人形教室のその先 3
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1996年に初めて個展をした時のDMです。
今はもうありませんが、人形展が良く開かれていた原宿の「せ・ら~る」というギャラリーを借りて、こんな感じに、いろんなタイプの作品をとにかく場所を埋めるようにして並べてしまった気がします。
当時は長女が4歳、長男が1歳でした。

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余裕がなかったんだな~と今は思いますが、当時は家で落ち着いて人形を作れる環境ではなかったので、いろんな人に子供を預かってもらって自由が丘の人形教室に通って作っていました。
子供がいるから個展なんてとても無理と思っていたけれど「無理だと思ったら何もできないよ」みたいなことを師匠に言われ、そんならやっちまおう!と思って予約しちゃったのですが実際「個展やります」と言ったら「大丈夫なの~?」と心配されました(^^;)
でも展覧会に先生はちゃんと来てくださったし、お花も送ってくれたのは嬉しかったです。

今だったら、1体しか出来上がらなくてもイベントで机ひとつ借りれば1万人の人に見てもらえる時代です。
個展を1週間やって100人来てくれても、親戚や知り合いが7割ぐらい。
1枚50円の切手貼ってDM1000枚送るより、インターネットで宣伝すれば経費はほとんどかからない。
でも、だから簡単に始められて簡単に辞められるのかもしれない。

1回目の個展をやってみんなに「頑張ってるね」と言われたけれど、課題がまたできてしまいました。
私はどんな人形が作りたいんだろう。
これから何をしたいんだろう…と。


人形教室の その先 2
昨日のコラムの続きです。

お教室をやっていてもったいないと思うのは、せっかく材料も道具もそろえたのに人形が完成せずに来なくなってしまう方や、時間をかけてやっと1体完成させたのに、それで力尽きてやめてしまう人が少なからずいらっしゃることです。
あともう少しで完成なのに。もうひとつ作ったらもっと良いのができるのに。
「頑張るのは良いけれど、力入れすぎると続かないよ」といつも思います。

人と較べると落ち込むのは私だって同じです。
でも自分1人で作っているとモチベーションが上がらない。
その繰り返しはモノを作る者は皆経験しています。

職人さんで「この道一筋何10年」みたいなスペシャリストはいますけれど、技術だったら時間をかけて練習すれば効率も上がるし上手になれる。
でも、創作…アートはなかなかそういうわけにはいきません。
「私には才能が無いから」みたいに思って諦めないでください。

才能って何。
美大に行ってた時は天才ばかり見てきました。
才能があったって潰れていく作家を私は何人も見ている。

私に関して言えば、本当は画家になりたかったのです。
日本画が好きで2浪して美大に入って、周囲に負けたくないと頑張ったけれど結局やめてしまいました。
空っぽになった私の心を埋めてくれたものが人形で、本当に最初は趣味で始めました。
教室には10年以上通い、ただ作っていることが楽しかった日々がありました。
その頃は有名になりたいとか、売れっ子になりたいとかあまり思わなかったです。
(今だって忙しいだけで売れっ子でも有名でもありませんが^^;)

美大を出た同級生は教職をとって美術教師になった人が多かったけれど、私は教職過程を実習の段階でやめてしまったので、学校の先生にはなれない。
でも何かやりたい。

それで始めたのが人形教室です。
絵を描いていた時は先輩や同級生が出していた公募展に何度も落ちていたし、人形の公募はそんなになかったのでまず個展から始めました。

それしかできなかったから。
人形教室のその先 1
私が人形を作るに至った経緯は個人サイト別館のおまけのプロフィールhttp://artcommunity.kula-ladoll.com/pro2.htmlに書いていますが、15年ぐらい前から少しずつ人形を教えていて「創作人形あとりゑKULA-LA」と名前をつけた今の形で教室を開いてから10年余りになります。

その頃は創作ビスクドールが出始めの頃で恋月姫さんの作品集をはじめ人形の作り方や雑誌など、人形関連の書籍が多く出版されたこともあり、人形ブームでした。
デパートで人形展がしきりに開催され、東京国立近代美術館で「創作人形展」、東京都現代美術館で「球体関節人形展」が開催されたり全国規模の創作人形公募展「ドールファンタジア」があり、人形教室はどこも満員御礼だったと記憶しています。

今まだ人形を作り続けている人はそのうち何人いるのでしょう。
少なくとも、うちに来ている生徒さんでその頃からの方はいません。
教室を閉めてしまい、作品さえ作っていない人形作家も何人もいます。
なぜたった数年で諦めてしまうの?
来なくなってしまった方に強制はできません。
でも「ずっと作り続けたい」って言っていたじゃないの…と、いつも寂しい思いをしています。

では私はなぜ作り続けているんだろう。
それは「好きだから」が一番の理由だと思う。
何度もやめようと思ったし、実際しばらくやめていたこともありましたが、いつのまにか舞い戻っているのは私が人形に関わることが私にとって必要なのだと思います。
特別大きな野望を抱いてこの世界に入ったわけではありませんが、発表し続けていると次の課題が見えてきてまた頑張ろうと思って、そうするとまた展示の機会が与えられて…の繰り返しだと思います。

今は先が見えない時代。
1体30万もするような人形が飛ぶように売れていた時代は終わり「人形で食べて生きたい」と思う人が居なくなってしまったからかもしれませんが、本当に好きなことや自分に必要なものは残るはず。
「昔はよかった」なんて郷愁にひたってちゃいけない。この先のことを考えようよ…。

人形を教えたり作りながら考えていることを時々、これから書いていこうかと思っています。

プロフィール

kulaladoll

Author:kulaladoll
人形作家:神奈川県在住。創作活動の傍ら鎌倉と川崎で人形教室を開いています。

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